移住者をフォローし、地元の人との懸け橋になる「依田商店」

行政・地元企業・宅建協会が三位一体で空き家問題に取り組む

──「ちちぶ空き家バンク」の立ち上げに参加された経緯について教えてください

秩父青年会議所(以下、「JC」)を同時期に卒業した不動産業者2名、工務店2名、設計事務所2名、中小企業診断士1名の計7名の有志で、2006年に「田舎生活創造工房」を立ち上げました。東京で仕事をしていると、「秩父で田舎暮らしをしたいけどいい物件はないか?」などと相談されることがありましたし、団塊の世代が定年を迎え、これからは地方に移住する人が増えるといわれた時期でした。しかし秩父地域にはバブル時代に供給された別荘地など、建築確認済証が無いような取扱いが難しい物件も数多くありました。そこで、専門の職種が集まってプロとしてのノウハウを生かし、土地探しから住宅建築、さらには生活面までトータルでサポートし、秩父地域への移住を推進することにしました。

さらに「ちかいなか秩父」という言葉をつくり商標登録をしました。“近い田舎”と“近い仲”という想いを込め、都心から特急で78分という場所にありながら田舎の雰囲気があり、昔ながらの人情も残っている秩父で田舎暮らしを楽しんでもらいたいと考えたのです。

一方、秩父市を中心とした1市4町は、総務省の定住自立圏構想のもと「ちちぶ定住自立圏」を形成し、2007年に地元企業の活性化と地域振興を図ることを目的にFIND Chichibu[1](以下、「FIND」)を設立。そこには秩父地域のさまざまな企業が100社以上集まり、私も参加しました。FINDでは早速いくつかの分科会が立ち上がり、その中の1つの“秩父に人を呼び込もう”という目的で設けた「ちかいなか分科会」では、ホームページを立ち上げて空き家の情報提供を始めました。その後、埼玉県宅建協会と連携することにし、2010年に1市4町の首長、FINDの幹事長、宅建協会秩父支部支部長の3者で調印式を行い、「ちちぶ空き家バンク」を開設することになりました。


[1] 広 域 秩 父 産 業 連 携フォ ーラムForum of Industry collaboration in Chichibu

空き家バンクに登録され、二拠点暮らしの方に売買された、秩父の山々を望む物件
空き家バンクに登録され、秩父へ移り住む方に売買された物件

──地元企業が積極的に参加しているところに問題意識の高さを感じます

「ちちぶ空き家バンク」のユニークなところは、その目的が“空き家の解消”ではなく、「ちちぶ定住自立圏構想」の目的の中の1つである都市住民を秩父圏域へ呼び込み、“交流・移住を促進する”ということにあります。3者の役割は、行政が不動産の所有者と、空き家を買いたい・借りたい人の窓口になること、宅建協会は不動産の調査と契約業務、そしてFINDは移住者の生活面でのフォローをすることです。その後、移住相談窓口を各市町が設置したことから、その業務はFINDから各市町に移管されました。

──「ちちぶ空き家バンク」の仕組みについて教えてください

物件を空き家バンクに登録するには、まず所有者が役所に申請書を提出し仮登録をします。役所は申請書を「ちちぶ空き家バンク」の宅建代表である私にメールします。私はそれを埼玉県宅建協会秩父支部の情報・政策・業務支援委員会のメンバーに順番に振り分け担当を決め、担当になった業者名を役所に伝えます。役所は所有者にアポイントの連絡を入れ、所有者・役所・担当業者の3者で現地立会いを行うと同時に、資料の確認、売却や賃貸の金額を決めます。 そして、業者が鍵を所有者から預かり、媒介契約の締結、広告を作成し、「ちちぶ空き家バンク」のホームページにアップします。ホームページには担当業者の連絡先が記載されているので、購入希望者の問い合わせは、役所と事務局と業者に直接入ります。役所には、内覧の実績などの活動プロセスや、最終的に成約した場合に成約報告をします。

空き家バンクを開設してからの年間の新規登録件数は平均約50件で、そのうちほとんどが売買で成約します[2]。希望者のニーズは賃貸のほうが高いのですが、修繕箇所も多く改修費がかかるうえに、ただでも処分したいという人が多いので賃貸に出す人は多くありません。


[2] 2023年(令和5年度:令和5年4月から令和6年3月)

登録数53件(秩父市23件、横瀬町9件、皆野町8件、長瀞町6件、小鹿野町7件)

成約数37件(秩父市17件、横瀬町5件、皆野町9件、長瀞町2件、小鹿野町4件)

成約は全て売買(圏外成約数23件、うち移住目的14件)、申請は70件位あるが登録までいたらないケースがあり。

ちちぶ空き家バンクのしくみ
空き家バンクに登録された、趣のある古民家物件

空き家バンクに登録するのは、別荘の場合は、若い頃に購入したが高齢になって使わなくなったので手放したいという人や、市内の物件の場合は、親からの相続で取得したけれど使う予定もなく、とにかく処分したいという人が多いですね。

一方、成約物件の約2割が秩父地域内の移動で、8割が地域外からの方です。その内、移住定住者と二地域居住者の割合は半数ずつです。また、当初は西武線沿線の都内の人の比率が高かったのですが、最近は購入者の5割近くが埼玉県の県南の人になりました。購入者の年齢は、50歳代から60歳代前半の人が多く、週末だけこちらに来て、400~500万円で自分の趣味を生かして10年くらい遊べればいいという感じで購入されます。

また、2023年の農地法の改正により、農地の売買や賃貸における下限面積要件が撤廃になり、相続されて空き家になっている農地付き物件の扱いも増えてきました。先日も、長瀞町の農地付き空き家を空き家バンクに登録したところ、掲載された週に早速反響が多く入り、最終的に圏外の「畑仕事をやりたい」という方に購入していただきました。空き家の所有者や購入者はもちろんのこと、行政の方も、空き家が解消して移住者が来てくれただけでなく、放置されて荒れていた農地が再度生かしてもらえることになり、空き家バンクの担当者も農業委員会の担当者も大喜びで、まさに三方良しの結果となりました。これこそが空き家バンクの目指しているものだと感じました。

空き家バンクに登録された、農地付き売買物件

空き家の流通を移住定住対策ととらえ、入居後も移住者を支援し続ける

──空き家を売買するだけでなく、その後も移住者が地域に溶け込めるようフォローされているところが大きなポイントだと思います

JC時代の仲間たちと空き家バンクを始めましたが、そこは商売をするための集まりではなく、まちづくり、人づくりをするための集まりでした。別荘を売りたいという所有者からは、「秩父の人はよそ者の私たちを受け入れてくれない」「地元の人との交流がしづらい」という話を聞かされていたこともあり、仲間たちとは「私たちが彼らと地元との間に入る役割を果たしていこうよ」という話をよくしていました。

実際に、空き家バンクを通じて移住してきた方には、その後地元に溶け込めるようフォローをしています。元別荘を購入いただいた女性は、暮らし始めてから数カ月約2時間かけて毎日埼玉県県南まで通っていました。そこで知り合いの秩父の会社を紹介したところ採用になり、地元で働けるようになりました。また、女性だけでは地元の居酒屋にも入りづらいだろうと思い、一緒にお店に行って仲間を紹介したこともあります。さらに、トラブルがあった場合に備えて、プロパンガス会社も、夜中でも無料で駆けつけてくれるようなところを紹介しました。

4年前に別荘地内の空き家を購入いただいた女性は、登山が趣味で、コロナ禍で完全テレワークになったのを機に都内から横瀬町に移住されました。ただ、田舎暮らしは初めてでしたので、浄化槽の利用方法などライフラインについて詳しくお伝えし、不具合箇所があれば修理の手配などをしました。その後、ご自身がDIYでリビングテラスをつくったりして、友人を招いて楽しく暮らしておられたところ、地元で伴侶を見つけご結婚されることに。物件の売却までお世話させていただくことになりました。

すると、「秩父で関わった人に優しくしてもらったので、秩父に貢献したい」と、二人とも会社員でしたが起業を考えているとの相談がありました。そこで、商工会議所の“秩父創業塾”を紹介したところ参加されることになり、秩父にまた新しいお店が増えるのではないかと期待しています。

また、小鹿野町の土地を購入いただいた東京の方から、ある日「貸店舗を探してほしい」と依頼がありました。聞くと「チーズ工房を始めたい」とのこと。それなら数年前にワイナリーができた秩父の吉田地域がいいと思い情報提供をしました。結果的にその地域が気に入り、近くでチーズ工房をスタートしました。さらに、その店を成功させることが地域のためになると思い、商工会議所のイベントでチラシをまいたり、地元の百貨店やホテルの社長を紹介しました。その店はテレビ番組に取り上げられたことから、今では週末は付近が渋滞になるほど有名になっています。

空き家バンクに登録された、古木の風合いを生かした古民家物件
空き家バンクに登録された、林の中に建つ物件

──まさに地元の老舗企業ならでの面倒見のよさです

当社は、秩父銘仙織物など絹織物の製造が盛んな秩父で、生糸の卸業を営んだのがスタートです。昭和40年代に不動産業を始めましたが、秩父市では古い不動産会社の1つだと思います。したがって地元には祖父の代から付き合っている人が結構いますし、声をかければすぐに親身に相談にのってくれる仲間たちがたくさんいます。移住して新たにビジネスを始める方がいれば、「今度引っ越してきた人なんだけど、いろいろ教えてあげてくれない?」と紹介するだけで人の関係が生まれ、事業がスムーズに進められます。このように、移住者と移住したい人をつなげたり、新しく秩父に来た人たちと地元の人たちの間にパイプをつくるために動くこと、これは地域の不動産会社にしかできないことだと思います。

  昨年、ちちぶ空き家バンクが“ちちぶエフエム”内に「空き家 どぉする?」という番組を持ちました。隔週金曜日の12時からの放送で、秩父地域に物件を持つ所有者に向けて、ちちぶ空き家バンクを通じて成約した元所有者が実体験について語るという内容です。その際、私がお手伝いして空き家を売却されたお客様に出演をお願いしたところ、皆さんとも快諾され、1時間番組の中でそれぞれの体験をお話しいただきました。出演いただいた方は口をそろえて、「秩父に住む方に買っていただけて嬉しい」「ちちぶ空き家バンクに相談して良かった」とおっしゃられます。空き家に関わる仕事は大きな商いではありませんが、この言葉を聞くと、15年間続けてきて本当に良かったと思います。

空き家バンクに登録され、秩父へ移り住む方に賃貸された古民家
再生されたまちなかの古民家の賃貸物件

──収入の割には手間が多くかかる仕事ですね

空き家バンクの物件は、扱うのが難しいものが多く手間もかかりますが、喜びもあります。これは仲間が扱った事例ですが、ある土地の購入者は、DIYで6畳ほどの小屋を造ったところ、それがテレビで話題になり、同時期に横瀬町に移住してきた人と結婚してそこでカフェを始めました。また、川のほとりにある物件で、“水道が通っていない”という建物を買う若い人がいたり、雨漏りしている家を仲間と隠れ家的に使いたいといって購入し、自分たちで楽しんで直してしまう中年のグループがいたり、この仕事を通じて驚くような使い方やアクティブで面白い人たちに出会うことができます。

他社の案件でも秩父に来られる方は全て空き家バンクのお客様と同様に 、地元に溶けこめるようお店を紹介したり、新たな事業者の商売がうまく行くよう地元の人を紹介しています。「不動産屋らしくない」と言われますが、やはりその仕事が面白く、地元のためになればそれでいいと思っています。

依田商店本社

(写真提供:依田商店 文:岡崎卓也)

依田英一郎氏
1965年埼玉県秩父市生まれ、大学卒業後、大手不動産会社で戸建やマンションの分譲販売 にたずさわる。1993年株式会社依田商店入社、分譲、売買や賃貸の仲介を行うとともに、建築士の資格をとり、設計や建物請負も行う。地域活動も熱心に取り組み、地元町会活動や秩父の祭りに参加。さらに、青年会議所や商工会議所の活動も積極的に行う。現在、秩父市、横瀬町、小鹿野町の空き家等対策協議会委員や埼玉県空き家の持ち主応援隊に任命される。