埼玉県日高市は、県の南西部に位置する。JRの八高線・川越線、西武池袋線が乗り入れ、池袋からアクセスのよい立地と、高麗川や日和田山など豊かな自然環境から、”遠足の聖地”と呼ばれている。
2021年、その日高市の高麗川のほとりに、約420坪の敷地にある築60年の古民家の平屋をリノベーションした「CAWAZ base」が誕生した。カフェ、コワーキングスペース、宿泊施設、アウトドア施設を併設した複合施設である。手がけたのは、まちづくり事業を行う株式会社CAWAZ 代表取締役社長の北川大樹さん。今まで、世界中をまわるなど、さまざまな経験をされてきた北川さんにCAWAZ baseを開いたきっかけとまちづくりへの想いを聞いた。
バックパッカーとして世界をまわった後、今の日本の課題が見えてきた
──北川さんはこれまでに世界をまわるなど様々なご経験をされてきたそうですね。今までのご経験についてお聞かせください
僕は昔から勉強が大嫌いで、お金もなかったので高校卒業後は進学せずにバックパッカーとして世界中を旅することにしました。19歳から23歳くらいまで、約40か国以上を訪ねたと思います。僕の旅のスタイルとして、訪れた地域の文化にどっぷり浸かることを大切にしていました。様々な文化や価値観の人々と寝食をともにすることで、人間の多様性や普遍性を、身をもって実感しました。同時に彼らの社会が抱える課題や、そこで苦しんでいる人たちと接することで、自分の無力さも痛烈に感じました。決して豊かではないにもかかわらず、喜んでパンを分けてくれた彼らのために、世の中を良くする力が欲しい。この旅をきっかけに、帰国後23歳の時に夜学に通い、社会学や人文学を学びました。
そこで僕が旅を通してしてきたことは “参与観察”だったのだ、と気づきました。参与観察とは文化人類学における調査研究方法です。特定の社会や集団の中で研究対象と共に暮らしながら、そこで営まれている社会生活を観察、情報収集し、理解を目指すものです。
また、教育にも興味があったので、当時子供の幸福度が世界一だというオランダへも留学しました。オランダは、非常に自由でありながら、反面、自己責任を強く求められる国です。ルールやマナーが厳格で、個人の自由より社会や組織の規律を優先する日本とはかなり違う価値観がありました。
漠然と桃源郷を探していた僕は、様々な国や地域、人と文化に触れ、それぞれの場所でいい面、悪い面があるという当たり前を、ようやく腹の底から理解しました。そして、これからこの地球上のどこから社会にコミットしていこうか、と考えるようになりました。
──様々なご経験を経て日本に戻られたと思います。今の日本の社会の現状や課題は何か、そしてどのような社会にすることが大切だとお考えですか?
日本の最大の課題は「貧しさ」だと考えています。日本は世界をリードする先進国で豊かな国という認識は世界共通のものです。しかし、その”豊かな国日本”では教育の機会も平等に与えられず、生まれた家の経済力によって人生を規定されてしまう状況があります。
この国は急速な成長を遂げた分、その揺り戻しが今起こっています。強烈すぎる成功体験から抜け出せず、社会全体でのリソースや権力に著しい偏りが生まれています。このような情勢に直面した僕たちがまずできることは、SNSを閉じて自分自身を深く見つめ直す時間を作ることだと思います。
そこで僕は、日常の中で少しずつ、経済活動を通し生活と人生を豊かにできるような、その仕組みづくりを地域で行うことにしました。
持続可能なまちづくりの拠点として、CAWAZ baseを開設
──北川さんが社会にコミットする拠点として日高市を選ばれたわけですが、それは何故でしょうか?
お話したように、僕はこれまでかなり回り道をしていました。確かに良い経験でもありましたが、根無し草であったわけで、しっかりと社会にコミットするための拠点をつくりたい、と思い始めました。世界をまわって思ったのは、どこの場所でもその拠点には成り得るけれども、結局は理想となる桃源郷は自分でつくるしかない。言語や人脈、土地勘などを考えると、やはり新しいことを始めるのに自分にとって有利なのが日本であり、家族や友人がいる地元日高市での創業は必然といえます。
2017年に、最初は任意団体としてプログラミング教室や社会事業をスタートさせ、日高市で教育事業を展開してきました。2021年1月には、観光にフォーカスしたまちづくりを行うため、CAWAZを株式会社として法人化しました。
弊社では、CAWAZ baseのような場の運営だけではなく、コンサルティング事業、イベント企画運営事業、飲食、宿泊、アウトドアなどのサービス業、空き物件活用事業など、幅広い事業を通して地域活性化の一端を担っています。
──その中のひとつとしてCAWAZ baseをオープンさせたのですね。その目的やオープンまでの経緯をお聞かせください
僕は、小さくても自走でき、持続可能な豊かなまちづくりが必要だと考えています。そのためには、地域にお金が落ちる仕組みが不可欠です。日高市はご覧の通り都心からのアクセスもよく、“遠足の聖地”と呼ばれるほど自然の豊かな美しい土地です。高麗川には遊歩道もあり、ここから数分で名所である巾着田にも行けます。他の史跡も含めて、多くの観光スポットや自然があるということは、まちにたくさんの活用できる資源があるということです。地域活性化のためには公共の資源をいかに使うかが重要なのに、地域がそこをまだ活用しきれていない、と感じていました。活用されていない建物や空き家なども同様です。
CAWAZ baseをつくったのは、まちの資源を活用した実例をつくることで、地域でもちゃんとお金を稼ぐことができる、ということを証明したかったからです。
実はこの場所は、子どもの頃に縁があった場所です。僕の祖父母がこの場所のすぐ近くに住んでおり、祖父母と暮らしていた際はここが通学路でもありました。道路から少し入っただけの場所なのに、林や川、竹林もあって、自然が豊かな素敵なところだと思っていました。以前ここは、東京の地主さんが自分の孫子(まごこ)のための別荘地のように使用していた場所でした。
様々な活動の拠点とする場所を探していたころ、ちょうどこの場所を売りに出す、という話を運よく耳にして、市場に出る前に1200万円で購入できました。資金は、世界をまわったときに知り合ったコロンビアの講演家の方が「日本でまちづくりのプロジェクトをするなら」と、出資してくれました。ここで僕が世界中をまわったときの人脈が生きました。そのほかに、この古民家と外構などを整えるリノベーション費用が1500万円ほどかかりましたが、資本金を充当し、日本政策金融公庫からの融資などで賄いました。
それで、ようやく2021年5月にCAWAZ baseをオープンすることができたのです。
──CAWAZ baseの紹介と建物のリノベーションのポイントを教えてください
CAWAZ baseは420坪の敷地と建物を生かして、カフェやコワーキングスペース、キャンプやバーベキューなどアウトドアを楽しみながら、宿泊もできる複合施設としました。
カフェにした古民家はもともと平屋で、簡易な別荘のような2Kプラス縁側という造りでした。基礎工事や電気・水道などはプロにお願いし、それ以外の仕上げの部分は仲間たちとDIYしました。費用を抑えながらユニークな空間にするという難題でしたが、知り合いの3名の設計士と協力してプロジェクトを遂行しました。その結果、古い雰囲気が残って自然の中に建物が馴染む、平屋の良さも生きた建物になりました。
古民家の裏にある、倉庫として使っていた小屋は、コワーキングスペースに変更。内装をほどこし、仕切りをつけ、仕事などに集中できるようにしました。また、小屋の横にはデッキを加えるなど、リフレッシュできるアウトドア空間を設けています。敷地の木々にはできるだけ自然林らしさを残したかったので、川につながる道を遮る木を整えたくらいであとはほぼそのままです。
「CAWAZ」という名称は、芭蕉の「古池や蛙(かわず)飛びこむ水の音」の句にある通り、カエルの意味です。イメージしたのはカジカガエルです。とてもきれいな声で鳴く、日高でもよく見かけるカエルです。イノベーションを牽引しながらも、里山の自然という僕にとっての故郷の原風景も大切にしたい、という想いを込めて名付けました。
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