昔ながらの古民家や蔵が残り、宿場町として栄えた面影を残す旧日光街道・越ヶ谷宿。越谷市に本社を置くポラスグループの株式会社中央住宅は、十数年前から歴史ある建物を再生する取り組みを始めました。週末カフェ&まちづくり相談所「油長内蔵(あぶらちょううちくら)」、レストランやショップが集まる複合商業施設「はかり屋」、本のある蔵「糀屋」…どの施設も地元住民に活用され、地域の新たな憩いの場となっています。 その背景について、同社の池ノ谷崇行さん(写真左)、関根健太郎さん(同右)に油長内蔵にて伺いました。
(※以下、敬称略)
更地にする計画を一週間前に白紙撤回。保存状態の良かった蔵を改修し、越谷市に寄贈/油長内蔵
──まずは、中央住宅の地域活動への考え方を教えてください
関根:ポラスグループの株式会社中央住宅は、戸建分譲事業、総合不動産流通事業、分譲マンション事業などを手掛ける会社です。「地域文化の価値の創造」を経営理念に掲げており、地域への恩返しをする取り組みの一つとして、1985年に南越谷阿波踊りを始めました。創業者の「越谷から外に出て行ってしまった人が、年に一度地元に帰るきっかけとなるようなお祭りをつくりたい」という想いから始まったお祭りで、いまでは「日本三大阿波踊り」のひとつに数えられるようになっています。
池ノ谷:一連の古民家再生事業も、建築を生業とする会社として何か地域に貢献できることはないだろうかという問いからスタートしています。江戸・明治・大正・昭和初期の建造物が残る旧日光街道越ヶ谷宿ですが、開発が進むなかで古き良き景観は少しずつ失われています。それを少しでも食い止められたらと、まずは「油長内蔵」の再生が始まりました。

──「油長内蔵」再生の経緯を教えてください
池ノ谷:「油長内蔵」が建つ敷地には、もともと母屋と3つの蔵が建っていました。江戸末期に建てられたものと言われています。持ち主の方が売りに出し、中央住宅が新築分譲住宅用地として購入したのが2013年。当初は建物をすべて解体して5棟の住宅を建てる予定でした。しかし、来週からいよいよ解体、というタイミングで、代表取締役社長の品川典久から「歴史ある建物を壊してしまっていいのか」とストップがかかったのです。
私自身、建物が好きでこの仕事をしているので、最初にこの蔵に来たときに取り壊すのはもったいないと感じていました。でも、当時30代になったばかりの一社員にはどうにもできないと諦めていたので、「建物を残す方向で考えよう」という社長の決断を聞いてとても嬉しく思いました。



──どのように再生されたのですか?
池ノ谷:蔵の再生は初めての経験でしたし、改修や活用方法の検討など完成までに3年かかりました。2つの蔵は残念ながら傷みが激しかったので解体することにして、比較的保存状態の良かった内蔵を修繕して残すことにしました。蔵を残すには大きな工事が必要で、基礎を新設するため曳家工法を用いて一旦移動し、まちの顔となるよう建物を180度回転して開口部を道路側に向けました。その際、まちへの愛情を感じてもらおうと地元の小学生に曳家を体験してもらいました。建物自体についても、屋根や壁の補修工事を行い、水まわりもリフォームしています。


曳家作業は越ヶ谷小学校の児童にも体験してもらった(写真提供/中央住宅)
──敷地や蔵はどのように活用されていますか?
池ノ谷:敷地内には4邸の分譲住宅を整備し、「ことのは越ヶ谷」として売り出しました。解体した建物の梁や壁材は各住宅のインテリアの一部に組み込み活用しています。内蔵を4邸の共有物とする案もありましたが、そうすると4邸の費用負担が大きくなってしまいますし、所有者が変わると将来取り壊されてしまう可能性もあります。私たちの目的は「歴史ある建物を残し地域価値を高めること」なので、越谷市に寄贈することにしました。4邸の間では景観協定を結び、その内容には外壁の塗り替えの際の色指定の他、蔵の管理項目も入っています。また、この取り組みが評価され、「グッドデザイン賞」を受賞しました。
現在は、油長内蔵運営協議会が市から委託を受けて管理をしていて、週末にはカフェを開き、古民家活用やまちづくりの相談に乗っています。また、小さなライブや季節のイベントが開かれることもありますし、蔵を中心に「ことのは越ヶ谷」住民のみなさんのコミュニティが育まれています。
改修・保存を行ない、まちづくり会社とのリース契約により古民家複合施設として運営/はかり屋
──「はかり屋」再生の経緯を教えてください
池ノ谷:「油長内蔵」の改修が完了した2015年頃、中央住宅では「はかり屋」の旧大野邸を新築分譲住宅用地として購入しました。敷地面積約610㎡、明治38年に建てられた町家で、肥料を量り売りしていたため「秤屋」と呼ばれていたそうです。
当初はここも解体して4邸の新築分譲住宅を建てる予定でしたが、「油長内蔵」の取り組みをしていたこともあり、「こちらを解体するわけにはいかないのでは」「どうやって残すか考えよう」と社内で議論をしました。地域の方から熱心なご提案いただいたこともありますが、最終的には「中央住宅は古い建物を改修・保存し、地域文化として生かそう」と、企業として決断し古民家複合施設として活用することにしました。
再生にあたっては、土台の傾きを直したり、耐震工事を行なったり、有形文化財の登録をするため昭和以降に加えられた装飾を取り除いたりと、改修費がかかっています。





長い奥行きの敷地に各間が連なる(写真提供/中央住宅)
──どのような体制で運営されているのですか?
関根:「油長内蔵」の改修設計を担当してくださった株式会社けやき建築設計・欅組代表の畔上順平さんが一般社団法人越谷テロワールという会社を設立。弊社とマスターリース契約を結び、テナントにサブリースしています。2018年のオープン時からテナントは入れ替わっていますが、現在もレストランやショップなど魅力的なお店が揃っています。建物の改修費は全て当社が負担し、家賃に上乗せすることはしていません。年間を通して赤字にならないよう、固定資産税や修繕費を賄えるような家賃設定にしています。
ただ、数年前に台風で壁の一部が壊れ、追加で数百万円の修繕費が必要となりました。古い建物は災害に弱いので、そこが課題ですね。


左/日本茶の楽しみ方を提案するティースタンド「お茶を贈る人」。右/越谷の旬野菜を販売する「遊佐農場」
NEXT | 広告費と位置付けて改修を担当。月々の運営費も補助/糀屋