広告費と位置付けて改修を担当。月々の運営費も補助/糀屋
──「糀屋」再生の経緯を教えてください
池ノ谷:「糀屋」は江戸後期に創業した味噌醸造店が建てた、鉄筋コンクリート造りの土蔵風倉庫です。大正6年建築と言われていますが、確たる資料がなく、昭和初期で有形文化財の登録をしています。物件の所有者から越谷市を通じて越谷市住まい・まちづくり協議会に「建物は残したいけれど、維持が大変で困っている」と相談があり、中央住宅が蔵の改修を担当することになりました。


──「現在はどのように運営されていますか?
池ノ谷:越谷テロワールがオーナーとマスターリース契約を結び、テナントとサブリース契約を結んでいます。越谷テロワールのメンバーでもある戸田道子さんが私設図書室・文庫カフェ「watage」を開設しているほか、ヨガやものづくりのワークショップ、コンサートなどの会場としても使われています。
関根:糀屋内には弊社の広告パネルを展示いただいています。

歴史ある建物を保存するために、民間企業としてできること
──油長内蔵」「はかり屋」「糀屋」の3軒で相当な改修費を負担していらっしゃるということですよね。社内でも議論があったとお聞きしましたが、なかなかできることではないと思います
池ノ谷:「地域文化の価値の創造」という経営理念を実直に追い求めている会社だからでしょうか。また、ポラスグループの代表も中央住宅の社長も建築畑の人なので、やっぱり建物が好きだという気持ちが根本にあるのだと思います。はかり屋を購入したときも、代表が夜な夜な一人で見に行っていたと聞きました(笑)。
それに、会社にとってまったくメリットがないわけではありません。古民家再生の取り組みをしたことで遠方からも問い合わせをいただくようになりましたし、興味を示してくれる学生さんも多く、採用活動にもプラスになっていると感じています。
──どのプロジェクトも、自社で管理運営するのではなく、地域の方に活用してもらっていますね
関根:社内では地域を良くしたいと思っている意欲のある方に活用してもらった方がいいという考えがあり、運営方針なども基本的にお任せしています。「はかり屋」をオープンするときだけ、「できれば越谷にゆかりのあるテナントを入れてほしい」とお伝えしました。
池ノ谷:こうしたプロジェクトを行うにあたり他県の事例を視察に行ったのですが、「行政」「民間企業」「地域のプレイヤー」の3者がうまく連携しなければ歴史ある建物は残せないと感じました。社長はよく、「主役は地域住民で、うちは縁の下の力持ちのような存在でいい」と話しています。
──「油長内蔵」「はかり屋」「糀屋」ができたことで、地域にどのような影響が生まれていると思いますか?
池ノ谷:登録有形文化財を見て回っている[1]という方も多く、他県からの来訪者が増えていると感じています。越谷市も地域の魅力として発信していますし、旧日光街道・越ヶ谷宿を考える会も定期的にまち歩きイベントを開かれていますね。「はかり屋」の改修前には、建物の内部をお祭りの際に市民に開放しましたので、地域の方からは、「ずっと外から建物を眺めていて気になっていた。中に入って細部の造りも見ることができて嬉しい」という声をいただいています。
また、不登校の女子中学生が、watageで戸田さんと話をするうちにまた学校へ行くようになったというお話を聞きました。戸田さんや周囲の方々の力が大きいと思いますが、悩んでいる子供が一息つける場所を地域につくることができたのかなと嬉しく感じました。
[1] 旧日光街道沿いには「油長内蔵(登録申請中)」「はかり屋」「糀屋」の他「木下半助商店(平成27年11月17日登録)」の4軒の登録有形文化財がある。


左/店蔵、座敷、内蔵、納屋が連なる「はかり屋」。共用部も綺麗に整えられている。右/地域の人が集まる「watage」。本を読みながらのんびりと過ごせる
──今後の展望をお聞かせください
池ノ谷:越谷市内にはほぼ空き家となっている蔵や古民家がまだあります。古い建物は趣がありますが、維持管理や修繕には多額の費用がかかります。「先祖代々受け継いできた建物を残したいし、周囲にも残せと言われるけれど、そう簡単な話ではない」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。内容次第ではありますが、越谷に本社を置く企業として、少しでもそうした方々の手助けができればと思っています。「油長内蔵」のように、新築住宅と組み合わせる形にできれば弊社としても理想的ですね。
弊社は「油長内蔵」のプロジェクトを始めてから、古民家の保存・活用にもう10年近く取り組んでいます。歴史ある建築物が再生・活用されていることが越谷市の魅力となり、越谷市に住まいを構える人が増えていくと嬉しいです。
(写真/特記以外、岡崎卓也・飛田恵美子、取材・文/飛田恵美子)
池ノ谷崇行氏
1980年草加市出身。日本大学建築工学部卒業後、2003年株式会社中央住宅に入社。分譲住宅の企画設計、プロデュースを行う。2013年より「越ヶ谷蔵のあるまちづくり」プロジェクトのプロデュースを担当。
関根健太郎氏
1982年越谷市南越谷出身。日本大学経済学部卒業後、2004年株式会社中央住宅に入社。分譲住宅の営業に従事し、2014年に現職・事業企画室に異動。「越ヶ谷蔵のあるまちづくり」プロジェクトに携わる。