築100年の空き旅館を新たな宿に。「歴史と和の心を大切にまちと人の未来をつくりたい」

「人と人がつながり仲間になる、幸せを生む宿」を願って

──想いがかなって、ようやく宿ができたのですね。リノベーションのポイント、宿のコンセプト、名前の由来などを教えてください。

ポイントはまず、道路に面していた箇所を減築し、縁側をつくったこと。通りの外からも宿の室内の様子がわかるようにし、入りやすく明るい雰囲気を演出しました。

宿の歴史を少しでも感じられるように、梁や柱などは使えるものはそのまま使う方針で設計をお願いしました。新しい部分は清潔感を重視してリノベーションしています。宿の7部屋はすべて襖で仕切られていたのですが、耐震性を上げるため間仕切り壁に変更しました。

一方、宿のレストランは、宿泊のお客様だけでなく、ご休憩やランチなどの立ち寄りもでき、小川こうちゃんカレーや私がつくる韓国の家庭料理なども楽しめます。また、一階の玄関フロアの棚を地元の方のギャラリーとして開放、座敷はヨガ教室や子どもたちとのワークショップなどを行う場として地元に開き、コミュニティの場として使っていただいています。宿の隣につくった「鴻倫ポケットパーク」は、様々なイベント会場として活用できるように開放しています。

宿のお客様だけでなく、地元の方々も利用するという一階のレストラン
宿の横には、地元の方などが、様々なイベントを行うポケットパークがある

小川宿 鴻倫のコンセプトは、“つなぐ”です。宿の名前は、まずは小川町にあるということを全面に出すために「小川宿」をつけ加えました。「鴻」は私の名前からとっていますが、実はこの漢字には“幸せ”という意味もあるんです。そして「倫」には“仲間、集う場所”の意味があります。「鴻倫」には“いろいろな人がつながり、仲間になる、幸せを生む宿”、そんな意味を込めています。宿に籠るのではなくまちに出てほしい、人とたくさん会話をしてほしい、そこからいろいろなつながりを生み出してほしい、と願っています。

部屋にはテレビも冷蔵庫も置いていません。また、宿にレストランはありますが、宿泊は食事付きにはしていないんです。ぜひまちに出て、地元の方々とコミュニケーションをとっていただきたいからです。

提灯にものれんにも小川宿 鴻倫の文字とともに可愛らしい宿のロゴが描かれている

──現在、この宿には、どのようなお客様が多いのでしょうか

東武東上線の終着駅なので、ここから長瀞や秩父に向かうサイクリストやキャンパー、ゴルフのお客様が多いですね。近年、小川町がまちづくりのひとつのケースとしてとりあげられるようになってからは、大学のゼミの学生さんたちも多くなりました。東京大学のまちづくり関連のゼミの方々なども宿泊されます。また、企業の研修でのご利用も多数あります。

さっぱりと清潔な宿の部屋。飾られた花以外は冷蔵庫もテレビも置いていない

多様性あるまちが理想。住民が豊かに暮らすためのお店も不可欠

──最後に、宿とご自身の今後、まちへの想いをお聞かせいただけますか?

夫を亡くしてから、一度、母国に帰ろうと思ったことがありました。その時、友人に「この世に生まれて、何をしたの?と問われたら、あなたはどう答えるの」と尋ねられ、あらためて、「この小川町で縁を得て、いろいろな人と出合って助けてもらい、この建物も譲り受けることができた。この後、この歴史をつないでいくのが私の役目なんだ」とあらためて腹をくくりました。ようやく漕ぎ出したこの宿を中心に、助けていただいたいろいろな方にご恩返しをしたいと思います。

小川町には、もっと多様性のある魅力あるまちになってほしいです。空き店舗や空き家もたくさんありますが、利用が難しいものは壊して、活用できる建物では様々な商売ができるといいと思います。宿や飲食店だけではなく、例えば八百屋さんやお肉屋さんなど、住む人々が豊かに暮らすために必要なお店も増えて欲しい。そうすれば、相乗効果が生まれて、昔の小川町のように活気あるまちになるのではないでしょうか。今、少しずつまちにそういった動きができていますが、もっと加速するといいですね。

寂しかった駅前通りだが、宿ができたこともひとつのきっかけになり、少しずつ新しいお店ができはじめた

私は日本の「和」の文字が大好きです。そんな、(互いに相手を大切にして協力し合うという)和の意味合いを念頭に置きながら、みんなと魅力ある場所をつくっていけたら。宿のWEBサイトに記した「これからの100年を人から人へとつなぐ小川町の宿」という言葉通り、そういった想いで、宿やまちづくりに取り組みたいですね。

「また新しい歴史をつくっていきたい」という鴻淑さん

(撮影:木村輝 文:アキヤジン)

鈴木鴻淑氏
株式会社 創見 代表取締役社長。母国韓国で学校を卒業後、就職した会社の派遣で日本に勤務。その後、小川町の旅館二葉で営業や接客を担当。退職後、2017 年に小川町駅前にレストランをオープン。2022 年 10 月に「小川宿 鴻倫」をオープン。

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