空き家を個性的に再生。ユニークな仲間の入居を促進し、地域に楽しさを呼び込む

東日本大震災を機に、築古賃貸住宅の価値向上に尽力

──御社の歴史と河邉さんのプロフィールを教えてください

父は1990年代、バブル経済崩壊のタイミングで地元の不動産会社グループから独立、創業しました。当時は、ちょうどJR埼京線が開通し、沿線一帯の用地買収が盛んだったことから、事業内容は不動産の売買が中心でした。私はアパレル企業で婦人服の販売の仕事をしていましたが、非常に転勤が多かったため、1994年に父の会社に入社しました。しかし、不動産売買の事は何も知らず、誰も教えてくれなかったので、来店してくださるお客様に賃貸物件を斡旋することならできるだろうと、まず賃貸物件の仲介から始めました。

転機となったのは2011年の東日本大震災です。その頃、周辺には賃貸仲介を丁寧に行っている会社が少なかったことなどが幸いし、業績が順調に伸び、売買仲介に軸足を移そうとしていたタイミングでした。そのような中で、以前賃貸物件をご紹介したお客様に建売住宅を購入いただいた際、「この建物は本当に大丈夫なの?」と質問されたのです。それまでは、「大手メーカーが建てたので大丈夫ですよ」と気楽に答えていましたが、大地震があったことで自分でも不安になりました。いろいろ調べてみると“インスペクション(住宅診断士)”という資格があるということを知り、この資格を得るために建物について学び始めました。

また、大震災を機に市場が厳しくなり、大手ハウスメーカーは、賃貸経営のリスク対策を鑑み大家さんを説得しやすいサブリース方式でしか新築アパートを建てなくなりました。その結果、当社のような中小不動産会社には古くて埋まりにくい物件しか回ってこなくなったのです。

古くなった賃貸物件の空室を埋めるには賃料を下げるという方法がありますが、そうすると何らかの問題を抱える入居者が増える傾向があり、管理会社としては対応が厳しくなる。そのため、どうすれば家賃を下げる以外の方法で物件の価値を上げられるのか、ずっと悩んでいました。

空き家を活用したまちづくりについて語る河邉さん

──そこで出会ったのが、河邉さんが取り入れているモクチンレシピですね

はい、モクチン企画(現NPO法人CHAr、代表:連勇太朗氏)は、築古賃貸物件の改修アイディアをレシピ化し、それを使いこなすことでまち全体を良くしていく、というコンセプトを掲げていました。調べたところ、改修コストも安くつくし、デザイン力も優れている。そこで、彼らとチームを組み、管理している物件の価値を上げていくことにしました。

しかし、当時の大家さんは市場が厳しくなっていることに気付いておらず、古くて埋まりにくい部屋を改修するなどの投資をすることに、なかなか同意がもらえませんでした。そこで、まずは当社の事務所に、“ざっくりフロア”“まるっとホワイト”といったレシピを導入してフルリフォームし、モクチンレシピのショールームにしました。こうすれば、来店した大家さんの目に入りますから。

そのような努力もあり、少しずつ大家さんの理解を得られるようになりました。通常家賃の6ヶ月分程度かかる原状回復費の範囲内でモクチンレシピを活用してリフォーム、さらに3ヶ月分程度費用を出してもらい、棚や照明器具を作りました。ただ、このレシピを使った改修には、施工してくれる工務店を見つけにくいのと、部屋単位で工事内容が異なるので手間がかかるという課題があります。とはいえ、中小不動産会社が生き残るには、限られたコストの中で手間をかけ、デザインで勝負するしかないと信じ、続けてきました。

モクチンレシピを取り入れショールーム化したオフィス

ユニークな物件と住人にフィーチャーするメディアを立ち上げ

──どのような変化があったのですか?

すでにこの方法で100室ほど改修しましたが、古い建物にちょっとしたデザインを施すことで、独立して掃除屋さんを始めた方や、フリーランスのカメラマン、ゲームのシナリオライターなど個人事業主で感度の高い方の入居につながったように思います。

賃貸物件の空き「ハコ」(住戸)を、画一的にリフォームするのではなく、住戸ごとにデザインを提案し改修することで、個性豊かな宝の「ハコ」に変えてきました。その結果、そこに魅力的な「ヒト」が集まり、面白い「コト」が生まれてきたのです。

そのような入居者は、一人一人の発信力はそれほど強くはありませんが、個人で質の高い仕事をされている方が多かったので、それらを可視化するために「トダピース」というメディアを作り、改修した物件と、そこに住んでいる人とやっている仕事を結び付けて公開することにしました。情報発信することで、魅力的な人たちがジグゾーパズル(ピース)のようにつながり大きな面になっていけば、それを見てこの地域にさらに面白い人たちが集まり、楽しい地域になっていくと思ったのです。

「ハコ」と「ヒト」と「コト」をつなぐメディア「トダピース」

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