空きスペースを有効活用し、地域に新たな価値を生み出す
──「チャリン」は新たに始められたビジネスとお聞きしています。その仕組みについて教えてください。
稲葉氏:チャリンは、空きスペースを有効活用するサービスです。しかし、ただ単にオーナーさんの小遣い稼ぎになるだけではなく、地域の人やオーナーさんの暮らしが豊かになるような、新たな価値を生み出す場所に変える仕組みです。
チャリンのサービスイメージ
チャリンの最初の案件は、浦和駅からすぐ近くの商店街にある「長堀米穀店」の空きスペースを活用するプロジェクトです。私が地域回りをしていた時に立ち寄ったお米屋さんで、そのご主人から、所有されている別の不動産の困り事をどうしたらいいかというご相談から始まりました。その後、話をしていくと、全盛期はフル稼働していたお米屋さんも、時代の変化により需要が減る中で使われなくなったスペースがあり、何か地域のために活用できないかとということでした。
その方は、既に1年ほど前から隣接するガレージで月1回マルシェを開いていました。昔は賑わっていた商店街も空き店舗が増え、そこが住宅やアパートに変わり、店が少なくなってしまいました。さらに、再開発が進み賃料も上がり、個人が新しい店を出店するのも難しい状況でした。そこで、空きスペースを「若い人がチャレンジできる場所にし、地域に新たな賑わいが生まれるような場所にしたい」というオーナーの要望を受け、プロジェクトがスタートしました。建物の改修費と運営費に多額の資金が必要でした。
長堀米穀店と空きスペースに開店したmisu’s Kitchen
──「具体的にどのように進められたのですか?
稲葉氏:活用方法については、オーナーさんと当社、そして当社が「パートナーズ」として参加しているNPO法人のCHAr1さんにも入ってもらい、何度も議論を重ねました。普通にテナントに貸すのか、シェアキッチンのようにするのかなどいろいろな案が出ましたが、最終的に「若い人のチャレンジを応援したい」というオーナーの気持ちを最優先し、やりたい人を公募し、かつ改修はオーナーではなく、入居者自身がやりたいかたちを実現できるよう100万円を設備工事補助として支援するという内容にしました。
テナントは誰でもいいわけではなく、地域のことを一緒に考えて盛り上げてくれたり、お米屋さんであるオーナーとのつながりを大事にしてくれる方に入ってもらいたかったので、「おこめのとなり」プロジェクトとして事業オーナーの募集コンペを今年の4月に行いました。その結果、地元の方を中心に、ドーナツ屋さんや手芸のお店、足湯カフェなど17組の応募がありました。その中から5組を選び、オーナーさんと私たちの前でプレゼンをしてもらい、最終的には、事業オーナーの人柄と事業内容で(長堀米穀店)のオーナーに決めてもらいました。それが、地元育ちの40代の女性が運営するテイクアウト中心のお惣菜屋さん、「misu’s Kitchen」です。
その後、地元の人を巻き込んで、壁塗りのワークショップやお米屋さんの精米見学会などのイベントを行いました。一連の取り組みは反響が大きく、オーナーにも喜んでもらい、お店にとってもオープン前にお客さんを獲得できる状況になりました。9月21日には、「おこめのとなり祭」というオープンイベントを開きました。地元の人、特におばあちゃんたちは商店街の中に飲食店がほとんど無くなっていたので、とても楽しみにされていたようです。こういうお総菜を買えるお店があれば、彼女たちは駅までわざわざ行かなくても地域の中で暮らしが成り立ちます。
1 特定非営利活動法人 CHAr(旧モクチン企画。本社東京都大田区、代表理事:連勇太朗氏)。一級建築士事務所及びまちづくりコンサルト。地域密着型の不動産会社を「パートナーズ」とし、提案力を高め、選ばれる住まいのデザインと、エリア価値を向上させるプロジェクトを協働で推進。
左:「おこめのとなり祭り」のチラシ 右:「おこめのとなり」プロジェクトの流れ
事業オーナー募集コンペの概要
早坂氏:オーナーさんが困っていた不動産は当社が引き取ることでオーナーとの距離がとても近くなりました。相談者が困っている不動産が無くなることで、豊かな心で穏やかに暮らすことにつながるのであれば、当社が引き取るという引き取りサービスの仕組みをつくりました。
また、このプロジェクトの賃貸借契約は2年間の定期建物賃貸借契約(再契約相談可)です。テナントに設備工事補助として100万円支払われますが、仮にテナントが退去しても次のテナントが引き継げるよう、工事内容のマネジメントは私たちが管理会社として行いました。また、私たちはコミュニティトラックとしてのキッチンカーも所有しており、イベントにも一緒に取り組むことで豊かな暮らしの実現に向けてコミットしていきます。
稲葉氏:オーナーの長堀さんのご紹介で、この商店街にあったお蕎麦屋さんからもご相談をいただき、カフェを誘致することができました。商店街の中に出来始めた点を、線、そして面にしていくために、シャッターの閉まっている空き店舗へのアプローチを続けていこうと思っています。
お蕎麦屋さんの後にできたカフェ
──空きスペースの活用だけでなく、コミュニティの場も開いています。
早坂氏:地域に関することを始めたのは稲葉が入社してからです。浦和も再開発が進み、まちを支えてきたお店が減り続け、コミュニティをつくっていかないと地域がどんどん弱っていく実感があります。新規に浦和に住み始めた方も、平日は東京に出て仕事し寝に帰るだけで、東京のお店にお金を落とすことが多いと思います。ただ、それは地元に落とすところが無いのではなく、知らないだけだと思っています。そこで、地元の人が集まり、情報交換できる場があればいいのではないかと、「トビラ」という地元の「ヒト」や「コト」「場」を紹介するWEBサイトを立ち上げ、「さらスペース」という、少人数で集まり、お互いの話を否定せずに聞き続けることで心理的安全性を高めるコミュニティイベントを定期的に開催しています。
このように空きスペースを活用し、地域のプレイヤーの悩みを聞いて応えることができれば、信頼関係が生まれます。それが私たちの恩送りの仕事につながっていけばいいと思います。
(文:岡崎卓也)
早坂拓紀氏
1980 年北海道生まれ埼玉育ち。卒業後不動産鑑定業、不動産コンサルティング業を経験し、2009 年より独立開業。現在、創業企業である株式会社ものくり商事や岐阜県郡上市の空き家バンクを運営するGUJO 不動産相談室にて不動産や相続に関するコンサルティングや相談業務に邁進中。
稲葉友香氏
1988年埼玉県新座市生まれ。2020年 株式会社ものくり商事入社。賃貸管理の事務業務を経て、現在はオーナー様担当として賃貸経営のサポートと共に、売買仲介営業、そして空き家や空き店舗、空き空間の利活用提案を行っています。